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地震・石綿・マスク支援プロジェクト

阪神・淡路大震災から20年
震災とアスベストリスクを考えるシンポジウム

2015/01/12
◆はじめに

阪神・淡路大震災から
20年を迎えた。1995117日に発生した震度7の大きな揺れは、一瞬にして建築物に吹き付けられ建材に含有していたアスベストを大気中に飛散させた。また、その後の倒壊建物の解体・撤去作業においてもアスベストは飛散し、環境庁(当時)の観測データでも、平時よりも高い値が記録されている。


近年、解体や復興作業に従事した労働者が、アスベスト疾患のひとつ、中皮腫を発症した事例が5例明らかになっている。震災だけが原因なのか、異論のある事例もあるが、2ヵ月月だけ被災建物の復旧作業に携わった男性が発症した事例があり、震災アスベストによる健康被害は否定できない。

アスベストによる疾病は潜伏期間が長いため、震災から20年を超えた今後、健康被害が広がる懸念がある。また、東日本大震災の被災地ではこれから被災建物の解体が本格化するため、阪神・淡路の教訓を伝え、解体に携わった労働者や近隣住民がアスベストにさらされないようにしていかなければならない。そこで、阪神淡路大震災から20年を迎えるにあたり、「ひょうご安全の日推進県民会議」の助成をうけ、神戸大学人文学研究科倫理創成プロジェクト・立命館大学アスベスト研究プロジェクト・神戸新聞社・NPO法人ひょうご労働安全衛生センターの4者で「震災アスベスト研究会」を立ち上げ、昨春より震災時に飛散したアスベストによる健康被害の予防や情報発信の取り組みを始めた。

その調査活動の報告を兼ね、本年112日、神戸市勤労会館大ホールにおいて、「震災とアスベストリスクを考えるシンポジウム」を開催した。当日は県内はもとより近府県より200名の参加があった。シンポジウムは第2部構成で、第1部は広瀬弘忠氏(東京女子大名誉教授)の基調講演と南慎一郎氏(立命館大学非常勤講師)の基調報告、そして第2 部はパネルディスカッションを行った。

今回のシンポジウムでは、貴重な提言が数多く寄せられており、その内容を報告する。


◆基調講演「アスベスト災害-体内時限爆弾の脅威」

広瀬弘忠 東京女子大学名誉教授
私は、30数年前からアスベスト問題で警鐘を鳴らしてきて、「人はなぜ忘れやすいんだろうか」と思う。これまでも何度もアスベスト被害については取り上げられ、社会に波紋を広げてきたが、被害は繰り返されてきた。私たちは、記憶し、伝えていくこと、そして被災者が常にいて、今でもいるということを考えなければいけない。

アスベストは、非常時にもリスク管理がされていることが大事だ。阪神大震災の時、復興・復旧を急ぐために、ずさんなアスベスト処理が行われた。行政も業者も「まったく知らなかった」と言うが、いままで大量のアスベストが使われてきて、それが解体された時に問題がないはずがない。アスベストを意識して、そのリスク管理を担保しなければならない。

阪神大震災の瓦礫処理でも、マスクも付けずに従事した作業員。危険性も知らされず瓦礫の中で生活していた市民。少なくとも5人の方が中皮腫で亡くなったと言われている。新潟県中越地震(2000.10)や東日本大震災(2011.3)では、阪神の教訓が生かされなかった。

アスベストは時限爆弾といわれるが、それはアスベストによる健康被害が出るまでに時間がかかると言うだけではなく、こうした地震や津波・台風・テロなどによって倒壊した瓦礫などから、これまで潜在化していたアスベストを顕在化させるということを、認識する必要がある。

日本では高度成長期に大量に輸入され、使用してきたアスベストは、車のブレーキや原発など多岐にわたって使われてきたが、これはいまいろんな形となって眠っている。とりわけ、建物は倒壊や解体、建て替えによって、閉じこめられている大量のアスベストが環境中に出てくることになる。アスベスト被害は、これまで鉱山労働者やアスベスト製品製造労働者の災害だったが、一般の市民にも広がる恐れがある。その一つがクボタショックだ。

まず、アスベスト被害の拡大を止めることである。そのためには、①現在建物に使われているアスベストの除去、②災害等で破壊されたアスベストを含む瓦礫の安全管理、③危険な廃棄物としての管理の徹底である。

二つ目には、アスベスト被害者の救済である。アスベスト被害は、広範にわたるという認識の上で、労災認定を容易にしたり、環境被害者を救済するシステムの構築だ。

三つ目は、アスベスト・フリー社会の構築である。国内にはたくさんのアスベストが形を変えて残っているので、厳重管理(検査、除去処分)する。さらには、途上国でのアスベストを使用制限していくことだ。


◆基調報告「震災アスベストと住民意識調査」

慎一郎 立命館大学非常勤講師
今回のアンケートは、神戸大学・立命館大学・神戸新聞・ひょうご安全センターで立ち上げた「震災アスベスト研究会」で議論を行い取り組んだ。震災当時の粉じんの飛散状況、アスベストの危険性、将来的な健康不安などの関する住民意識調査を行う事で、震災アスベスト問題について情報発信と将来の災害に備えるために実施した。

アンケートは神戸市、芦屋市、西宮市を中心に3万通を配布し、2,265人より返信をいただいた。地域別では神戸市内で居住・通勤・通学が76%と多く、特に東灘区、灘区、長田区など被害の大きかった地域からの返信が多くあった。

解体工事と大気環境については、92%の人が自宅周辺・通勤・通学経路など身近で複数の解体工事が行われていたと回答し、大気環境に関しては「非常に粉じんがひどかった」「いつもほこりっぽかった」の回答が64%を占め、被災地では粉じんが飛散する環境で生活していたことが確認できた。また、アスベストの危険性については「全く知らなかった」「よく知らなかった」の回答が60%で、認識が低かったことが解った。自発的対策でも、特に何もしなかった人が41%、対策を取っていた場合でもガーゼマスクの使用が37%であり、粉じん対応マスクの使用は6,7%にとどまり、アスベストの危険性の周知が出来ていなかったことがわかる。

将来的な健康不安では、「特に不安」「少し不安を感じている」人は52%と半数を超え、当時「粉じんがひどかった」と回答した人では健康不安を感じている人が65%と多く、粉じんが低かったとした人では34%と低く、当時の粉じんの印象と健康不安と関係が影響している。現在の健康状態では、430人(19%)が呼吸器系の病気や不調の人がおり、22人はアスベスト関連疾患の疑いがあるが、震災以外でアスベスト吸引の可能性もあるため、震災との関連付けることができない。また、現在兵庫県が行っている「アスベスト健康管理支援事業」については、90%以上の人が「知らない」と回答しており、行政からの制度の周知が充分でない事がわかった。

総括として、アスベスト疾患の潜伏期間の長さから健康への影響は進行中であり、行政は被災地域住民の調査を実施し、実態を把握し、震災関連のアスベスト疾患患者の救済に結びつけられるように制度や体制の整備と拡充が重要である。そして、防じんマスクの事前備蓄と適切な使用方法についての広報も大事である。


◆第2部パネルディスカッション

2部のパネルディスカッションは、伊藤明子弁護士をコーディネーターに、大西一男氏(大西内科クリニック院長)、永倉冬史氏(中皮腫じん肺アスベストセンター事務局長)、広瀬弘忠氏、南慎二郎氏をパネリストとして、アスベスト飛散防止と健康管理対策について討議した。
・大西一男氏の報告
アスベストが原因の疾病のうち、中皮腫の潜伏期間が長く、発症まで20年から50年で、平均でも40年と言われている。中皮腫の場合、ばく露が少なくても、年数を経るほど発症リスクが高くなる。そのため、潜伏期間が長くなるほど発症リスクが高くなる。初発症状は、息切れ、胸痛、せきなどで、この傾向が続く場合注意が必要。

昨年は1,400人が中皮腫で亡くなっており、年々増加の経過にある。しかしながら、過去に石綿を取り扱った全労働者数と比較すると、発生頻度としてはそれほど多いものではない。過剰な心配はいらないが、油断もいけない。一方、肺がんは、中皮腫と違い、ばく露量が多くなるほどリスクが高くなる。そのため、低濃度ばく露で石綿肺がんになることはない。肺がんの場合は、喫煙によりリスクが高くなり、石綿ばく露がある喫煙者の場合は60倍といわれている。

日本産業衛生学会では、石綿による死亡リスクに関して、白石綿は150/ℓ 、白石綿に他の種類の石綿が混じった場合は30/ℓを、16歳から60歳まで18時間、週5日吸い続けても、肺がんや中皮腫を発症する比率は1000人に1人の増加と評価している。過剰に恐れる必要はない。9.11のテロによりWTCビルが倒壊しアスベストが飛散した。WTCの場合は、粉じんの発生源は点で、ほとんどが白石綿だった。中皮腫の増加は0.08例といわれている。もし、これが青石綿であったなら、リスクは500倍とされている。一方、阪神・淡路大震災の場合、大気中のアスベスト濃度に関しては、様々な調査報告が有る。1リットル当たり数本から、中地氏の報告では160本から250本とある。寺園氏によると、解体対象のアスベスト量は約300トンと報告されている。

震災時においてはアスベスト発生源は複数でありかつ広範囲に及び、ばく露濃度も不均一で、ばく露されたか否かの判断も困難である。環境中に飛散するアスベストは、地震による倒壊時よりは解体時に大量に飛散すること考えられる。日本において将来発生が予想される震災においては青石綿を含むアスベストばく露が持続するものと思われ、WTCにおけるリスク予想より高くなる可能性がある。

阪神・淡路大震災時には、多くのボランティアの人びとが全国より被災地に入ったため、本来アスベストばく露が考えられない地方においても、20年~40年先にアスベスト関連疾患の発生が懸念される。活動した情報の登録が重要である。

・永倉冬史氏の報告
東日本大震災の被災地は、震災後は津波で湿潤化していたが、復興が始まると乾燥してきた。何人かがマスクもせずにじっと解体現場を見ている光景によく出会い、話を聞くと、自分の住んでいた家だとのことであった。思い出や貴重品を探さなければという思いは理解できることであり、危険ですよとマスクを渡して着用を呼びかけて回った。

被災地のアスベスト建材は粉々に破砕された状態で、市街地に広範に存在していた。重機で解体すると粉じんが幕となって風に乗り流されていた。解体された瓦礫は道路の横に積まれていた。復興が始まると含有建材(レベル3)からのアスベスト粉じんの飛散が大規模にあった。市内全体が解体現場化してしまうので、災害発生前にアスベスト除去を進めておくことが重要である。

法規制のゆるいアスベスト含有建材の撤去にいついては、適切な粉じん(湿潤化)対策が行われているかを調査し、問題があれば現場監督や作業者に注意を促した。

現在、アスベスト含有建材の撤去工事の実態調査を行っている。建設リサイクル法による届け出が役所の建設指導課等に提出される(80㎡以上の建築物の解体等)ので、届出台帳から工事期間・住所・工事内容(解体か改修)・建物の種類(木造・鉄骨)・施行者などの情報をピックアップし、地図に落として、各工事現場を視て回った。アスベスト建材の扱いに問題がある場合は現場、作業者に話を聞きビラを渡して注意を促す。

これまで、東京都葛飾区・江東区、神戸市、石巻市、名古屋市において調査を行い、調査を行った自治体には調査結果を地元の今後の取り組みに活かすために、報告集会を開催している。各集会には50人~60人ほど集まり今後が期待される。

アスベスト調査結果をまとめると、有効調査件数は75件でACM破砕7件、未確認(工事の内容が確認できない)24件、建材のアスベスト非含有が確認されたもの7件、要観察1件、看板なし7件、未調査1件となった。この調査結果からも、現在行われているアスベスト含有建材の撤去工事の内、約1割が違法工事であることが判明した。平時の撤去工事が適法に行われることが大切であり、普段からしっかりと行われていないと、そうした工事のやり方は震災の時に反映すると考える。


◆パネルディスカッションでの討論

ディスカッションでは、今回の市民アンケート調査でも浮き彫りになったように、大勢の人々が体内に石綿を吸引しているという不安にどう向き合うのか等、今後の対策について意見交換が活発に行われた。大西院長と永倉氏の報告を受け、広瀬氏は「原発もそうだが、長く続くものは非常に危ない。今後莫大な量の石綿が発生するが、これを如何に抑えるか課題だ。今後は造るときから解体を考えないといけない」と災害対策を強調した。

コーディネーターの伊藤明子弁護士は、泉南アスベスト訴訟を担った経験から、「国の対が後手に周り、被害を増大させた。今回の訴訟を通じて、次世代への教訓としなければならないと痛感した」と語った。南氏は「アンケートにあるように、震災後も引き続き不安を抱えているのはまさに二次災害だ。しかし市民にはいつ、どこで解体作業が始まるか分からない。そのためには行政による対策が何よりも重要になる」と訴えた。

永倉氏も「工場周辺など、地域の健康診断を継続的に行えるようにしなければならない」と話した。会場からは、神戸市役所担当者から発言があり、行政の取り組みとして①健康不安に対する相談窓口の設置、②健康診断の実施、③石綿を吸引した可能性のある方に対するアスベスト健康管理手帳の交付、などの支援事業を行っていると紹介があった。しかし現状は、利用度は低く、今後一層の周知活動が求められている。

最後に、広瀬教授は「人間は忘れやすい。そのため、今回のようなシンポジウムは忘れないように毎年行わなければならないのです」と話された。次世代への教訓を語り次ぐために、私たちも引き続き活動を継続していかなければと感じた。


◆地震・石綿・マスク支援プロジェクト

2部の最後に、神戸大学院生から、神戸大学におけるマスク・プロジェクトについての活動報告が行われた。

神戸大学マスク・プロジェクトの取り組みアスベストにばく露した後、長期な潜伏期間を経て、特有の疾患を発症するリスクを負うこととなる。そのため、アスベスト飛散とばく露から身を守るために、簡易防じんマスクの普及活動を通してリスク・コミュニケーションを行う市民運動を進めている。専門家や行政だけでなく、利害関係を有する市民が参与して、適切な合意形成と意思決定をなすための、情報の提供と共有の相互活動が必要である。

そこで、二つのプロジェクトを推進してきた。一つ目のマンガ・プロジェクトでは、20127月にアスベスト被害に関するマンガ『石の綿マンガで読むアスベスト問題』を、京都精華大学大学院マンガ研究科共同制作して公刊した。更に、2012年に東日本大震災の被災地、宮城県石巻市で住民参加型のアスベスト飛散調査に参加。翌13年には、石巻、女川、登蒔で聞き取り調査を行い、その調査を基に京都精華大学大学院マンガ研究科と共同し、啓発ブックレット『マンガで読む震災とアスベスト』を作成しました。そのブックレットを全国の図書館180館に配した。

また、JR六甲道、阪急西宮北口や灘区内の高校生などに計320名以上の方からブックレットに関するアンケートの回収があった。自由記載からは、「震災直後から石巻へボランティアに行ったが、アスベストのことは全く気にしていななった。マスクなしでずっと作業をしていた。マンガを読んでもしかしたら将来病気になるかもと不安になった。でも色々気づけて?よかった。ありがとう。」という意見が寄せられた。

二つ目のマスク・プロジェクトでは、ブックレット紹介の記事がきっかけとなり2014年岩手県盛岡市で啓発パネル展を開催した。2012年には、ひょうご安全センターが実施された「震災とアスベストを考えるパネル展」に協力し、防じん用マスクの配布やマスクの漏れ率の測定デモンストレーションも行った。震災20年を迎える今、アスベストに関する教訓は必ずしも十分に継承されているとは言えない。しかしそれでも、地震災害への備えの一部としての効果的リスク・コミュニケーションが必要である。そのためにも構想力を働かせることが重要と考える。


◆さいごに―震災アスベストは減災が可能

阪神・淡路大震災の直後から、アスベスト根絶ネットワークによるマスク支援プロジェクトが展開され、被災地にマスクを届ける活動が開始された。被災地の数十年後の健康被害を防ぐ取り組みである。被災者がまず食べ物と寝る場所を求め、交通手段さえ整っていなかった時の活動である。その思いに触れるたび、想像力と行動力に頭が下がる。

阪神・淡路大震災を契機に「減災」という考えが拡がった。大災害において被害をゼロにすることはできないが、出来るだけ被害を少なくすることができるという考えである。大震災とアスベスト飛散は、まさに「減災」が可能な課題である。

地震大国・日本では、大都市部を襲い甚大な被害をもたらす新たな地震発生が警戒されている。私たちは、その時発生する環境問題、とりわけアスベスト対策は十分かと、この間考えさせられている。「その時では遅い」、災害が起こる前にアスベストを使用した建造物の把握、そして除去が求められている。