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労災事故・障害補償・審査請求

平均賃金の変更を求めて不服申立て
自庁取消しで約94%増の額に変更

2025/07/25
♦概要

西宮にお住いのMさんは、電気設備工事の現場監督として建築現場へ入り、工事の進行管理のために作業に立ち合い、作業員への指示等を行ってきた。Mさんは令和5年12月に息苦しさを感じ、近院で胸水を指摘され、大学病院を受診したところ「悪性胸膜中皮腫」と診断された。Mさんは建築現場において石綿が吹付けてあった付近で作業したためだと考え、会社の所在地を管轄する神戸東労働基準監督署に労災請求を行った。

Mさんは、昭和43年4月に電気設備会社に入社。平成21年8月に定年退職し、その後は同じ会社の嘱託職員として平成24年3月末まで勤務した。このうちMさんが建築現場における監督業務に従事したのは平成5年12月までで、それ以降は管理職としての事務作業が中心となった。

神戸東署は調査の結果、「昭和43年4月から平成5年12月までの25年8か月について、作業の周辺において間接的な石綿ばく露を受けた」と判断し、本年2月に業務上の決定をおこなった。

♦嘱託職員の賃金で決定される

Mさんの元に休業補償の決定通知が届き、合わせて平均賃金の計算方法についての文章も併せて届いた。そこには「退職日:平成24年3月31日」とあり、離職前3ヶ月分の賃金総額を基に「平均賃金13, 127円」 「特別給与 1, 221円」と判断されていた。Mさんは「定年退職時の賃金ではなく、なぜ嘱託職員として働いていた時の賃金が計算の基になっているだろうか?」と疑問を持ち、当センターに相談が寄せられた。そこで調査結果復命書を入手する作業から始めることにした。

厚労省の通達では、「労働者がその疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場を離職している場合には、労働者がその疾病の発生のおそれがある作業に従事した最後の事業場を離職した日以前3か月間に支払われた賃金により算定した金額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して当該労働者の平均賃金を算定すること」とされている。

最近では高齢者雇用安定法が制定され、事業主は希望する従業員全員に対し65歳までは就労の機会を与えることが義務付けられている。そのため平均賃金の算定においても、令和5年3月29日付けで「定年退職後同一企業に再雇用された労働者が再雇用後に石綿関連疾患等の遅発性疾病を発症した場合の給付基礎日額の算定に関する取扱いについて」(基補発0329第2号)が発出された。その概要は、「定年退職後締結された再雇用契約が、定年退職を契機として、新たに従前とは異なる内容の労働契約を締結したものであると認められるか否かを、当該契約内容のほか、雇用の実態等を踏まえて判断すること」との内容である。

♦定年退職時に賃金を基に決定すべき

個人情報開示請求で入手した調査結果復命書を精査し、神戸東署に対して平均賃金の決定のあり方について説明を求めるため、Mさんと共に赴いた。業務上の判断をおこなった担当者は4月に異動しており、労災課長と新しい担当者に通達を示して自庁取消しを求めた。

労災課長は私たちが面談を求めた段階で資料を精査していたようで、平均賃金の変更の必要性があると認識していた。ただ、「会社側に賃金資料の提出を求めるなどの調査が必要」「業務上の決定から間もなく3か月が経過するので不服申し立てを行って欲しい」との回答であった。

そのため審査請求を行った。請求理由は「被災者が勤務先のK社を定年退職したのは平成21年8月27日であり、それ以降は従前とは異なる雇用契約を結び嘱託社員として勤務し平成24年3月31日に退職した。神戸東労働基準監督署長の判断は誤りで、定年退職した平成21年8月27日以前3ヶ月間に支払われた賃金により給付日額を決定すべきである」とした。合わせて労災認定後の分の休業補償請求も神戸東署に提出した。

♦支給決定の変更がおこなわれる

6月29日、神戸東署からMさんの元に、休業補償請求の追加分の決定通知書と、支給決定の変更決定通知書が届いた。平均賃金の算定について、 「離職年月日:平成21年8月27日」、「平均賃金23,529円」「特別給与4, 26 5円」と変更された。

支給決定の変更通知書には、「貴殿は、定年退職年月日には、すでに石綿ばく露作業に従事しておらず、定年退職年月日以降の嘱託での勤務時にも石綿ばく露作業に従事していませんでした。平均賃金、特別給与の額とも定年退職年月日時点での算定である平均賃金、特別給与の額に訂正して支給します」と書かれていた。94%の増額である。

審査請求についても、審査官に問題点を指摘していたため、原処分庁からの意見書も提出されないまま推移していた。今回、原処分庁が支給決定の変更を行ったので、審査請求については取り下げた。
Mさんが疑問を感じなければ、監督署の決定どおり休業補償の支給が続けられたであろう。平均賃金額は様々な補償の基になるのであるから、判断は通達に則り適切におこなうべきである。